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久野 有機キウイはじまりの物語

11月下旬頃から有機キウイの出荷がスタートします。

 

毎年「有機キウイフルーツ(※以下有機キウイ)」を食べた方から、「とってもおいしかった!」「こんなにおいしいキウイは食べたことない!」とご感想をいただき、大変嬉しく思っています。

 

有機栽培キウイは慣行栽培のキウイと違い、えぐみがないので是非まだ食べたことがない方は食べ比べていただきたいです。

 

ところで「有機キウイ栽培」に日本で初めて手を挙げたのは小田原の久野という地域だったことをご存知でしょうか。

 

久野地区の生産者、田中重治さんは当時のキウイ栽培に関わった第一人者で「小田原キウイのお父さん」と呼ばれています。久野という土地でキウイ栽培をはじめたきっかけを聞きました。

 

有機キウイの栽培風景
田中さんの有機キウイ畑 樹上の玉のサイズが均一で木・玉にハリがあり美しい

◆キウイ栽培をはじめたきっかけ

 

久野では昭和40年の半ばからのみかんの大暴落をきっかけに、みかんに替わる農産品目は何かないかと支部の仲間内で相談していましたが、昭和50年ごろにキウイフルーツのことが新聞にのっていて「これだ!」と思いました。

 

とはいえ、当時は国内でもあまりキウイフルーツについて知られておらず、私の師匠である方に電話をして「久野でキウイフルーツを栽培したいのだけれど」と相談しました。

師匠は久野とキウイ発祥の地である中国の揚子江流域を比較し、久野の地形がキウイ栽培に適しているのではないかという結論を導き出し、苗木10本とニュージーランドでのキウイ栽培書を日本語に訳した書を下さって、コピーして仲間と勉強しました。

 

久野はもともと大根が作れるような土地で、地深で水はけが良く、水もちも良い、キウイには最適な土ではなかと仲間と話し合い、苗木を購入し栽培がはじまりました。

はじめは何が久野の土や気候に向いているのかわからずに5種類ほどの苗を植えましたが結果的にヘイワードと呼ばれる、今一番市場に出回っているグリーンキウイが一番安定していて作りやすいと感じ、徐々にヘイワード栽培1本に落ち着きました。

 

 

◆有機栽培のはじまり

 

それから5年後の昭和55年頃になると、農薬や化学肥料を多用する農業でいいのか?という農業者と消費者の声がどんどん大きくなり、国によるはじめての全国的な有機の審査がスタートしました。平成13年に有機JAS法が施行されましたから、その前身です。

 

それまではどこで取れたか、どんな薬品を使ったかもわからない農産物を「これは有機です」と言ってしまえば、誰もさかのぼって確認することができませんでしたし、簡単に有機栽培を騙って付加価値をつけて販売することができてしまっていましたから、

農業者も消費者も何をもって有機と呼ぶかの基準を設けることができた良いきっかけだったと思います。

 

 

その有機の審査で「キウイ」という品目を選んだのは、当時は小田原だけだったのです。欲しいといってくれる声もあって、我々も挑戦してみようという気持ちも強かったから、始めることになりました。

 

有機キウイ栽培

 

  有機栽培は苦労の連続だった

かいよう病に悩まされ

 

慣行栽培と違い有機栽培で使用できる肥料は、厳しい基準をクリアしたものだけであり、現在ジョイファーム小田原では有機栽培をする生産者用に特別に配合を施した有機肥料を使っています。だからといって、有機の肥料をじゃんじゃんとキウイの木にあげれば良いわけではありません。

 

昭和53年頃にキウイ農家を悩ませた「かいよう病」という木が枯れて木を切った個所から赤い汁の出る病気は、特に鶏糞をたくさんあげていた時代に流行していました。鶏糞からはたくさんの窒素が発生し、木と実を大きくする一方で、その窒素がかいよう病を誘発させるということが徐々にわかってくると、我々はキウイの肥料を年2回にわけて花の様子をみて「おかしい」と思ったら肥料を減らすようにかえていきました。

 

当時は今のように追熟した状態で届けられなかった

 

当初、有機の基準ではエチレンガス(※植物ホルモンの一種)での追熟が禁止されていました。

 

まさか一般家庭のようにりんごで追熟…とは、生産量も桁違いの為、とてもそこまでできません。仕方がなく、始めは軟化させていない状態で出荷していたりしました。

 

そこから有機JASでエチレンガスも使用が可能になって、おいしい状態でお届けできるようになりました。小田原のキウイはブランド力があり、「他産地よりも貯蔵性に優れている」とお墨付きを貰っていますから、取引先からも安心して買えると喜んでもらっています。

 

カメムシの大発生でわかった生物多様性の大切さ

 

そしてもう1つ…我々のキウイフルーツについて話す上で欠かせないエピソードがあります。今から2030年前。私がまだハウスのみかん栽培をしていた時だったと思います。キウイにカメムシが大量発生した年がありました。カメムシが実を刺すと、皮が白っぽくなって病気になってしまいます。

 

久野の仲間とどうしたもんか…と悩んでるうちに、ついには「農薬をかけよう」という考えの人も出てきました。しかしカメムシは夜行性ですから、昼間はどこに隠れているかもわからないカメムシ相手にむやみやたらに畑に農薬をかけるのか?それは効果があるのか?と疑問があり「今は我慢して耐えよう」と決めました。この時期は良い品物がなかなか届けられなくて、生協の組合員さんには同封できるチラシにお詫びのお手紙を書いたりしました。

 

しかし有機栽培をしているとたくさんの生き物が次々と畑にやってくるので、カメムシの天敵がやってくるまでそう時間はかからず、害虫(※キウイに被害を与える生き物)が出ればその天敵がやってくるという面白いサイクルができている事に気がつきました。

 

有機栽培に適した木、土になるまで5年近くかかりますが、微生物の住むことができる土はふかふかになりさらにたくさんの大きな生き物を呼び、その生き物がまたキウイの木や土に良い効果を生んでくれています。今でもクワシロカイガラという害虫が出たりして、気にはなりますが我慢すれば天敵がやってくると思って、長い年月をかけて待つつもりでいます。

 

知られていない有機栽培の現実

 

有機栽培は手間がかかる

有機栽培に使用する道具は専用の道具を使うことが大前提です。

 

道具に印をつけて見分けがつくように保管し、有機に使用してはならない肥料、農薬は道具ともに一緒にしてはいけない決まりがあります。どうしても共有しなければならない大型の機械なども有機キウイの作業をする前に必ず清掃をし、水洗いをしています。

 

収穫したキウイも確実に「有機」と「そうでないもの」に分けないといけないので保管倉庫の中のコンテナは別にして、同じところにおいてはいけません。

 

誰がみても「別々のキウイ」とわかるように、壁を隔てたり、別の倉庫に保管したりと生産者によってさまざまな対策をしています。

 

袋も、チラシなんかを入れるとインクが湿気で溶け出す可能性もありますから、袋の外側に必要事項が印刷されているものを使っているのです。今は湿気が入ってもインクが溶け出さないプリントというものがあるようなのですが、確実かどうかは半信半疑ですので、まだ使うつもりはありません。

 

また、病気が出たら許される範囲の中で対処しなければなりませんから、技術も必要になります。そのために、仲間との情報交換は大切にしています。

 

赤テープのついている道具は有機栽培専用
赤テープのついている道具は有機栽培専用

有機栽培はお金もかかる

 

道具を別にそろえたり、有機用の資材をそろえるにはお金がかかります。

例えば苦土石灰1つにしても有機に適した石灰の価格は通常の3倍かかります。


天然のものというのは量をとろうと思えば時間もコストもかかりますから、こだわればこだわるだけ資材費がかかってしまうのが有機栽培なのです。

 

◆小田原の有機キウイの今後

 

「有機JAS認証」をとった畑は国からは一反あたり数万の補助が出ますが、過去にその補助金を目当てにいい加減な栽培をした生産者がいたことが発覚したことがありました。ひどい話です。

 

手間もお金も十分にかけて真面目にやってきた生産者達が1人の身勝手によって信用を失くしてしまう…我々久野の仲間はそうなってはいけないと言いながら協力して有機キウイ作ってきました。

 

でも徐々に高齢化によって有機の生産者が減ってきていると実感します。

 

JAS有機認証は記入する書類も多く、体力的にも限界を感じると自然と認証を取得するのをやめてしまう傾向にあるのです。

 

最近は新規就農者が有機でキウイを栽培したい!と言っているのを聞くことがあるのですが、増えて欲しいと思う反面、始める時点である程度の資金力が求められる有機栽培は新規就農者が就農してすぐにはじめるには難しく、複雑な気持ちではあります。

 

手間もかかる、お金もかかる、それなのにどうして続けるの?と言われたら、やっぱり安心できるものを届けたいからからです。間違いのないものを届けたいと思っています。

 

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重治さんは話の中で最後までキウイ栽培に関して「我々」という複数形の表現を使っていました。それは、キウイのはじまりは決して1人で作ったものではなく、仲間と作ったんだという想いを感じました。「一緒に頑張っていこう」という団結力と先輩の面倒見の良さが、皆で有機キウイに挑戦しようという気持ちを奮い立たせたのでしょうね。